真夜中の招かれざる客の思い出

毎年、この時期になると思い出すことがあります。
それは、ボクがクレームのあった客先でメロンをいただいたのと同じ年の今ごろの話。-長いお話なので、ちょっと御覚悟を。
ボクは横浜の港に近い丘の麓の一軒家に設けられたワンルームのアパートでひとり暮らしをしていました。
その日は残業を終えて、その部屋にはいつもより遅い時間に帰り着きました。
とにかく疲れていたので一刻も早く眠りたかったような記憶があります。風呂に入って食事をして寝床に入ったのは、午前1時前後だったでしょうか。
アパートの扉がノックされたような気がして、ふと目を覚ましました。
眠りに落ちたばかりだったのか、比較的ぐっすり眠れたあとだったのかはよくわかりません。
とりあえず部屋の中は真っ暗で、ボクは起きあがりもせずに静かに、天井の一点を見つめながらノックの音が本物だったのかどうかを判断しようとしていました。
…コンコン
やはりノックの音は本物でした。
「誰だよ、こんな真夜中に…」
ボクにはこんな真夜中に遊びに出歩くような友だちなんかいませんし、そもそも友だちや勤務先にはこのアパートに住んでいることは伝えていませんでしたから、訪ねてくる人間など考えられませんでした。
唯一あり得るとしたら、親ぐらいなものです。
ボクの部屋には電話を引いていなかったのですが、現在のようにケータイ電話があるわけではありませんでしたから、親が訪ねてきたということは考えられます。でも、こんな不可解な時刻に訪ねてくることはあり得ませんでした。
枕元の目覚まし時計を手にとってカーテン越しに僅かに差し込んでくる街路灯の光を頼りに見てみると、午前2時少し前でした。
「うわぁ、まいったなぁ。こんな時間に…」

ボクはしかたなく電気も点けずに玄関の三和土まで這ったまま進んでいくと、訊いてみました。
「誰? 誰ですか?」
ふだんならばもう少していねいな口を利くのですが、こんな時間の招かれざる客のこと、できればこのまま帰って欲しい、そんな気持ち半分、親がわざわざなにか一大事を伝えに来たのかと思う気持ち半分で訊いてみたのです。
すると…、
「…助けてください。入れてもらえませんか?」
押し殺した男の声が扉の外から聞こえてきました。ボクより若そうな聞き覚えのない声です。
「だ、誰? いったい…」
「すみません、大きな声は出さないでください。中に入れてもらえれば、事情はお話しします」
「なに言ってるんだよ」
「ほんとすみません。追われているんです。中に入れてください」
「なに? 警察呼ぶぞ…」
「あ、やめてください。ですから、中に入れてもらえれば、お話ししますから…」
この部屋はちょっと大きめの一軒家の二階の一角に二部屋だけ用意されたもので、外付けの階段で出入りするようになっています。そういうわけなので、あまりこの通路に長居されるのも困るのです。
膠着状態を打開できるかと、ボクはチェーンをかけて少しだけ扉を開いてみました。
扉の外は暗いので狭い隙間からは何も見えませんでしたが、かなり低い位置に人の気配がしました。
「すみません、おねがいします」
そのひとことと同時に扉の隙間からなにか小さなものが投げ込まれ、それは三和土にパサっと落ちました。
「私はそういう者で、決して怪しい者ではありません。お願いします」
投げ入れられたモノは、免許証が入った革のサイフでした。
サイフを拾い上げてみると中には千円札が3枚ほど。ふつうは定期券を挿すところに免許証が入っていました。
タケチキクヲ 住所:神奈川県横浜市港北区…。
3,000円と免許証を投げ入れてきたということは、今のタケチは“丸腰”。それほどまでして、誰かに助けを求めているのでした。

タケチの行為に誠意と同情を感じたボクは、結局彼を玄関の三和土までは入れてやることにしました。
身長は160cm台後半、こざっぱりとしたヘアスタイルでTシャツにジーンズのタケチは、三和土にしゃがんで事の顛末を話し始めました。それによると-
彼は高校を卒業して2年目、港北区に住んでいて自宅近くの自動車修理工場で働いている。バイクは好きだが暴走族に入っているわけではなく、むしろ否定的。ツーリングが好きで将来は750ccバイクに乗りたいと思っている。
今日は埠頭で行われた“集会”を見にきた。以前から兄貴分に誘われていたが断り続けていた。しかし今日は断り切れずに見学をしにきた。当然参加はしていないし、するつもりもない。
“集会”が盛り上がってきたころ警察の一斉取り締まりが始まり、大慌てで自分のバイクに乗り逃げてきた。
50ccのバイクではスピードでは逃げ切れないと脇道に逸れたが、そもそも知らない土地のこと、進むほどに道幅が狭くなってきて袋小路に入り込んでしまい、戻るに戻れず目についた駐車場にバイクを置いてそこからすぐのアパートに入り込んだ。そのアパートの奥の部屋がボクの部屋だったというわけ。
「なるほど…」
そういいながら、カーテン越しに窓の外を見ると、警察がバイクを見つけて撤去としているところでした。
「あれ、バイク持ってかれちゃったよ」
「え!? えぇ~っ!」
タケチは立ち上がって外に出ようとしました。しかし何を思ったか、今度は扉のノブを握ったまま踏みとどまりました。どうすべきか迷っているのでしょう。
「…なあ、逃げたかったんだろ? 身を隠してやり過ごそうと思ったんだろ?」
「…はい」
「で、ボクのところに逃げ込んできたわけだ」
「…はい」
「だったら逃げ切ってもらわないと困る」
「…え!?」
「こんな時間だ、警察だって寝ている家庭を一軒一軒起こしてまで訊いてまわるようなことはしないはず。しばらく待ってから、丘を越えれば向こう側でタクシーもつかまえられるから」
「…でも、出頭しますよ。ご迷惑はおかけしません」
「なに言ってるんだ。今出頭された方が迷惑がかかるんだよ。ここに警察が来てボクまでなぜ匿ってたとか訊かれるじゃないか」
「は、はぁ…」
「大丈夫だよ。バイクじゃ行けないけど、この前の道は真っすぐ行けば山道になって丘の上の公園に出られるんだ。で、丘の向こう側に下りればバス通りがあるから、いつでもタクシーが拾えるよ」
「はぁ…」
「ボクのところに逃げ込んできた以上、逃げ切ってもらわないとな」
「…はい」

それから小一時間、ボクとタケチは小声で会話をしました。
やがて窓の外がすっかり静かになったのに気付いて、タケチは立ち上がりました。
「じゃあ、そろそろ行きます。いろいろお世話になりました。このご恩は忘れません。ありがとうございました」
三和土で深々と頭を下げると、扉をゆっくりと開き、まだ開けやらぬ闇の中に飛び出していきました。
…やれやれ。
時計をみると3時半を少しだけまわったところ。
「あ~あ、明日は早番で7時には起きなきゃいけないんだよ~」
ボクはすぐに横になって布団を引っかぶりました。

…またしてもアパートの扉がノックされたような気がして、目を覚ましました。
なんてこった。もう窓の外には陽が昇っているようで、カーテンを閉ざした部屋の中でも明るくなっていました。
ボクはすぐに起きあがると扉のところまで歩いていき、外を確認するレンズに目をやりました。扉の左側に人の気配があります。
「はい?」
「あ、タケチです」
またしてもタケチでした。ボクが扉を開けると、3人の男が狭い廊下に立っていました。
向かって右端がタケチ。出ていった時と同じTシャツを着ています。そして真ん中に白いつなぎを着たスキンヘッドの男(いかにも悪そうな、コイツか…)。左端は影の薄い緑のポロシャツを着た小男でした。
「兄ぃさんにはうちのタケチがたいへんお世話になったそうで、本当にありゃとうございやした」
スキンヘッドはそう言うと深々と頭を下げました。すると両側のふたりも続いて頭を下げて…。
「これからタケチには地元警察に出頭させて、バイクを取り返しゃす。そんときにゃ、絶対兄ぃさんのところにお世話になった話やもちろんこの家のことも話しません。丘の上で夜を越したことにしゃす」
「…あ、そうしてね」
「このご恩は絶対にわすれゃせん。なんかお礼の品でもって思ったんスが、こんな時間なもんでこんなもんしかなくて、すいゃせん」
スキンヘッドがそう言うと、タケチが手に持ったコンビニ袋を差し出してきました。
「あ、いいのに…」
ずっしり重い袋の中には、コーラとポカリスエットの2リットルペットボトルが入っていました。(確かに、この時間に酒は買えないよね…)
「あんまり長居すると兄ぃさんにもご迷惑でしょうし、これからタケチは警察に行かなくちゃいけゃせんので、これで失礼しゃす。お世話になりやした。兄ぃさんのこのご恩は絶対に忘れゃせん」
3人はみたび深々と頭を下げて、ごとごとと鉄製の階段を下りていきました。

…やれやれ。
その後のタケチがどうなったのかは、もちろんわかりません。お話はここまでです。
でもなんとなく、この季節になると思い出すんですよね、この話。
まじめなタケチと、ワルだけど仁義はきっちり切るスキンヘッド。それ以上にわからないのが、ボク自身が言い切った「だったら逃げ切ってもらわないと困る」の真意…。
まあ、いろいろなことを経験した一年でした、あの年は。

関連記事

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

最新記事
最新コメント
プロフィール

I.Z.

Author:I.Z.
I.Z.と書いてイーズィーと読みます。
こまめというわけにはいきませんが、ちょっとしたことを書き記してみます。

最新トラックバック
カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
リンク
ClockLink

サイトの訪問者数:
現在の閲覧者数: