ダイエー碑文谷店 の最後を見に行く

ダイエー碑文谷店

ダイエー碑文谷店


ボクがまだ目黒に住んでいた1975年、目黒通りをバスで数停留所分、1.5kmほど離れた碑文谷(ひもんや)交差点の目の前に、大きなスーパーマーケットがオープンしました。
「ダイエー碑文谷店」
小学校の高学年だったボクが親に連れられて30分ほど歩いて行ったのが、その後「GMS」(ゼネラルマーチャンダイジングストア)と呼ばれるようになるオープン間もない総合スーパーマーケットを訪れた生まれて初めての体験でした。
ウィンドウショッピング好きの母に連れられて百貨店には行き慣れていたボクには、かさばるカゴを持ちながら歩き回るのは煩わしいのではないかと感じられました。
あれから41年、開店以来長い間ダイエーの旗艦店だった碑文谷店が、今日5月5日をもって閉店することになりました。

ダイエー碑文谷店

ダイエー碑文谷店


1980年代から90年代にかけて攻撃的に感じられるほどの勢いのあったダイエーは、2000年を目前に失速。そこから紆余曲折と急激な転落が続き、ついに昨年の1月1日にはイオンの完全子会社となってしまいました。
ダイエーがトップに君臨しイトーヨーカ堂が2位で肉迫していた時に、西友と3位グループを争っていたジャスコのイオングループが、ダイエーを吸収したという結果になりました。
イオングループ内での再編が進む中、「ダイエー」の看板を掲げた店舗が急激に減っていて、その一環で碑文谷店も閉店。
しかしながら、建物を取り壊して撤退というわけではなく、約半年の閉館を経て「イオン」のブランドで再開するとのこと。
「ダイエー」のブランドだけが消えてなくなっていくということのようです。

1957年に「大栄薬品工業株式会社」として始まったという「ダイエー」は、その後、その名が目指した通りに “大きく栄え” たわけですから、今は波瀾万丈を経た末の終焉を迎えようとしているのだとしても、初志は叶ったのではないか-
ボクはそんな風に感じています。

“価格破壊” が一貫してうたわれていたスローガンでした。
攻撃的で狡猾にも感じられた経営戦略でしたが、“価格破壊” という言葉は常に生活者の味方だということの意思表示。
それに対する利用者側の想いもあったのか、碑文谷店最終日の今日は、ボクがいたほんの数分の間でも、最後の買い物をして店から出てきた客が今一度振り向いて見る姿やカメラに収める人たちの姿が多く見受けられました。

さらば、ダイエー碑文谷店。

ダイエー碑文谷店


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