スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

豆相人車鉄道

豆相人車鉄道

小さくてかわいいからと侮ることなかれ
人が押して動く筐だからと嗤うことなかれ
近代化に乗り遅れた非効率さを蔑むことなかれ

明治時代も後半、日本の近代化が進む中、東海道の大動脈に現在のJR御殿場線のルートで鉄道が敷かれ、箱根の玄関口、小田原でさえも鉄道路線から外れてしまった時、危機感を抱いた温泉観光地、熱海は、なんとかして鉄道を、と熱望しました。
国府津から小田原までは馬車鉄道が敷かれたので、熱海から小田原までなんとか鉄路を敷こうと試みたものの、集められた資金額から一般的な鉄道規格にはできずに、動力は人力による鉄道として開通した「豆相人車鉄道」
運賃設定は高額だったようで、地元民の脚ではなく湯治客や観光客の輸送に注力していた模様。
開通から10年ほどで蒸気機関車が走る軽便鉄道に改良。そしてそこから15年後、東海道本線現行ルートの建設が始まった直後に発生した関東大震災での罹災によって、運行ができなくなったまま翌1924年に廃止され、同時に東海道本線の前身「熱海線」が熱海駅まで延伸されました。

地元民の危機感と熱意で敷かれた鉄道。
とかく “我田引鉄” などと揶揄されがちな鉄道建設ですが、どの鉄道路線にもこういった地元の熱意の歴史があるのだということを、改めて認識しました。
先人たちの努力を顕彰して、沿線の湯河原町で復元された人車を眺めながら、100年ちょっと前に想いを馳せてみました。

豆相人車鉄道


関連記事

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

最新記事
最新コメント
プロフィール

I.Z.

Author:I.Z.
I.Z.と書いてイーズィーと読みます。
こまめというわけにはいきませんが、ちょっとしたことを書き記してみます。

最新トラックバック
カレンダー
05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
リンク
ClockLink

サイトの訪問者数:
現在の閲覧者数:
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。