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R. I. P.

新横綱として初めて横綱土俵入りを披露するのが、明治神宮でおこなわれる奉納土俵入り。
北の湖関が横綱に昇進したときにおこなわれた奉納土俵入りを、相撲好きだった兄に連れられて見に行ったのが、1974年のこと。
初めてのことだったからなのか慣れないことなのか、なんだかそそくさちんまり手早く済ませた感があって、それまでテレビで見ていた北の富士関や輪島関の土俵入りに比べて、なんとも格好いい印象はありませんでした。

それから10年半が過ぎ、両国国技館のこけら落としとなった1985年の一月場所。
最初の横綱土俵入りをおこなったのが、北の湖関だったと記憶しています。
10年経っても相変わらず、そそくさちんまり感の抜けない土俵入りでしたが、土俵中央で仁王立ちになり大きく上げた両腕をふるって最初に打った かしわ手 の音が、とてもきれいに館内に響き渡っているのがテレビのスピーカー越しにもよくわかり感動したものでした。両国国技館で土俵入りをするという気概がとても感じられたその二日後に、現役を引退。

「憎らしいほど強い横綱」とまで言われたその姿は、ある意味で戦後の高度経済成長期も落ち着いてきて勤勉実直がつくりだした平和で安定したその当時の日本を表すひとつのシンボルだったのかもしれません。

土俵入りは最後までそそくさとして格好いい印象はありませんでしたが、負けそうなときに土俵際で意外なほど粘らなかったり、負けて土俵から転落してもすぐに土俵上に戻って一礼して帰っていく姿なども、ボクには妙に印象的でした。
とにかくせっかちでなんでもぱっぱっと済ませたい、裁きたい人なんだな、この人は-

今では認められていない中学生での入門から異例のスピードで横綱まで出世した“北の怪童”ですが、62歳での急逝もこれまた早すぎる。
現役時代は出世が早すぎて、実は金星がひとつしかなかった北の湖関。
最期くらい大番狂わせで、超ゆっくり長寿でも良かったんじゃないかな-

ボクより11歳しか年上じゃなかったことに、改めて驚かされた訃報でもありました。

11月21日 東京新聞

Rest in peace.

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Re: Yusuke320さま

相変わらずの、本文の内容とは一切関係のないコメント…。
ありがとうございます。

H.B.C.

50本プラス1のロウソクに火を付けて、「HappyBirthdayCongratulations」って言わないかな?
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