あれから3年…

2011年3月11日、午後5時20分ごろの、東京・赤坂見附。
あの最初の大きな地震から、およそ2時間30分後。
全ての道路に自動車が集中して、ほとんど動かない状態になっていました。

2011年3月11日午後5時20分 東京・赤坂見附


この時点のボクは、まだあの津波のことなど全く知りませんでした。
ましてや、その後の原発事故のことなど、考えも及ばないことでした。

あの日以前から日本はどこか違ってきてはいたような気がするのですが、あの日のあの地震が、変化を決定的にしてしまった…。
あれから3年。

哀しさを感じたり、激しい憤りを感じることもあるけれど、でもボクは何も変われていない。
全然、良くなっていない…。
全然、何もできていない…。
全然、好い方に転がそうということができていない…。
あれから3年…。


忙しさでなかなかアップできなかった3月。そんな中での最初の記事が、こんな内容を取り上げることになろうとは…。余震も落ち着いただろうと、昨日は日暮れ前に、都心から自宅に向かって歩いてみることにしました。今回の記事は、面白おかしい道中記ではなく、自分の備忘録とやむを得ない理由で都心から国道246号線を歩かざるを得ない状況に陥った場合の参考に。麹町四丁目の交差点を通過したのは、午後5時10分から15分の間…



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Re: 焼酎学生さま

復興にどのくらいの時間が必要で、具体的にどうなっていけばいいのかもはっきりしない中、2020年東京オリンピックの開催というのは、けっこう明確な目標になると思います。
復興は、単に被災地が整然と再開発された姿になるだけでなく、再度大きな地震が発生したり津波がやってきたりしても、それに対して最小限の被害だけでしのげたり、予報や対策などにも入念に取り組まれているという立派で確かな日本であるという裏打ちもなされた姿であってほしいものですね。

さあ、そんな2020年に向けて、復興に向けて、ボク自身はどんな貢献ができるのか?
個人個人の課題は、そこだと思います。

No title

きのう11日、テレビニュースやレポートなどを観て、涙と怒りの時を過ごしました。
2020年東京オリンピックのときには、見事な復興を成し遂げた日本を、世界へ見せてほしいと強く思います。
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