小説 『給食のおにいさん』

《あらすじ》
コンクールで優勝するほどの腕をもちながら、給食調理員として働くことになった料理人の宗。子供嫌いな彼を待っていたのは、保健室登校生や太ってしまった人気子役など問題を抱える生徒ばかり。さらにモンスターペアレントまで現れて。大人になりきれない料理人は給食で子供達を救えるか? 笑いと感動そしてスパイスも効いた食育&青春小説。

裏表紙の内容紹介より



本には書店で必ずカバーをかけてもらうことにしているボクが、ここ数日の仕事の行き帰りの電車の中などで、カバーをかけずに文庫本を読んでいました。
時に吊り革片手にもう片方の手に文庫本、またある時は座ったボクのひざ上あたりに文庫本。
その文庫本のタイトルは、『給食のおにいさん』。

表紙のイラストからも軽く読めるものなのだろうとイメージしていたのですが、意外にもけっこうグッとくるエピソードがところどころに盛り込まれていて、通勤電車の中でうるうるきそうになった時には、いやちょっと困ってしまいましたね。
とはいえ、暗い話でも重たい話でもありません。

物語の柱は、かつて華やかな受賞経験などもあるオレ様シェフが訳あって小学校の臨時給食調理員として働く中で真の大人へと成長していくというもの。
しかし、その舞台となる小学校や給食の調理場などは、知っているようで実は全く知らない世界。
特に我が家のように子供のいない場合は、今どきの子供の実情や今どきの親の事情などにも想像が及ばなかったことばかりで、身近にある未知の世界を垣間見たような気分にもなりました。

「給食は一に安全、二に栄養、カロリー、塩分、予算。味は二の次」とか、320人分の大量調理、「ふれあい給食」や「シェフ給食」などのイベントに校内キャンペーン、アレルギー物質混入による「アナフィラキシーショック」への対策などなど…。

登場する子供たちにも、教室内でのちょっとした経験から毎日登校はしても教室には行けずに保健室で一日を過ごす生徒や、親のネグレクト(育児放棄)に遭っている子供、自己中心的で理不尽な要求を学校側に突きつけるモンスターペアレントの子供など、いろいろな問題をかかえています。
今どきの子どもたちにもそれなりの事情があるのでしょうけれど、本来家庭で解決すべき問題でもその家庭で解決できない現状があれば、担任を始めとした職員たちが総出で子供本人には気づかせないように背中をそっと押してあげる。
子どもたちの方でも、経験も力もまだ全くない中で自らの置かれた状況を捉えて幼いなりに考えて、勇気を持って何らかの方向性を見出して新たな一歩を踏み出していく。

軽いタッチの筆致ながらそこで扱われているテーマは、意外と重い時代の歪みのひとつでした。
掘り下げればそれぞれの過去がありそうな登場人物たちに囲まれて、主人公の成長を感じさせつつ、社会のとある一面を捉えて描き出した作品です。
遅読ゆえに最近はあまり本を読むという行為さえしていなかったボクが、久しぶりに満足感を得た一冊でした。

小説 『給食のおにいさん』

『給食のおにいさん』
遠藤彩見 著
幻冬舎文庫

そして、話題はあらぬ方向に進みます…(笑
この作品は、作者の遠藤彩見さんにとって初めての小説です。
本業はテレビドラマなどの脚本家さんで、コミックの原作なども手がけていて、ボクもこれまでにいくつかの作品を見ています。
それはたまたま見ていたテレビドラマが偶然にも彼女の作品であったりしたこともあるのですが、短い時間のドラマの中やコミックの限られたページ数の中にちょっとした好い話がぎゅっと詰め込まれていて、実にいいなと毎回思ったりしていたのでした。
ただやはりテレビやコミックは、毎回しっかり追い続けるのはボクにとってちょっとむずかしいこと。
テレビの場合は共同で脚本を作り上げていくこともありますし、コミックの場合は筋立てはいいけれどそもそも絵やそのタッチが我慢できないこともあります。
ならば、彼女の世界に浸るには、やはり小説しかないのかななどと思っていたのです。

実はこの作者の遠藤彩見さんは、ボクのお知り合い。
仕事上で知り合った方々の集まりに知り合いが友人として連れてきていてお会いしたのがきっかけでお話しをするようになりました。
その後、いくつか作品を見たあとでボクは前述のような考えを持つようになっていて、そこで何かの機会にふと「今度は小説を読んでみたいですね」と言ってみたのでした。
その時は「そうですねぇ…」といった、まあごくふつうのリアクションだったと記憶しています。
しかしそれから何年か…。
ある日、仕事から帰宅して郵便受けを開けた時に、そこにひとつの封筒が入っていました。
それがこの、小説 『給食のおにいさん』でした。

日々の業務にちょっとした苛立ちを募らせていた時でもあったので、なおさらうれしかったですねぇ。
その日はたまたまカミさんが留守にしていてボクはひとりだったのですが、封筒を開けてこの文庫本を手にした時には、「おぉ、やったぁ!」とついつい声を上げてしまいました。
読む前から実はとてもうれしかった一冊だったのです。

400字詰め原稿用紙395枚の大作は、出版社のフェアに間に合わせるように最後まで慌ただしく作業をして生み出された作品なのだそうです。
それが10月10日の発売から、なんと5日目で重版が決まったとのこと。
評判も好いようで、ホント、うれしいことづくしです。

そして実際に読んでみて、これまた素晴らしい作品だと感激。
軽く読める作品ながら、その舞台や数々のシリアスな問題のことを考えると、綿密に取材を重ねて、またその取材を通して実際の現場の空気感を掴んでそれらを文字に落としこんでいく作業はほんとうにたいへんなことだったろうと、改めて思いました。
身近な知り合いの作品ゆえにそういったネタの仕込みまで思いが及ぶということも、他の作品ではあまりないことです。

そんなこともあんなことも一切合切全て含めて、実に印象深い素敵な一冊です。
彩見さん、ほんとうにありがとうございました。
この感動は、一生忘れないと思います。

小説 『給食のおにいさん』



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Re: エンドウサエミさま

コメントをありがとうございました!

そうなんですよ。
不思議なもので、ボクはむしろ「今度は小説を…」と言った時のリアクションの方を何故か覚えていて…。
決してむしろ向きとか消極的なリアクションではなかったのですが、なんというか、あの時点では方法論が全くわからないからちょっと想定外というような印象でした。
おそらく、その後の帰り道とかある程度時間が経ってから、ふと気づいたらちょっと真剣に考えていたなどという展開をたどったのではないでしょうか。

拙いご紹介で、お恥ずかしい限りです。
この記事を読んで、「やっぱ読むのやめとくわ」という人が現れないことをただひたすら祈っております。(笑
とにかく、素敵な作品を、ありがとうございました。

No title

私、そんな反応でしたかー。
言ってもらったことは覚えているのに、
自分のリアクションは覚えてなかったり。笑

素敵な感想とご紹介、ありがとうございました!

Re: 焼酎学生さま

ボクの父と1歳違いの焼酎学生さんにとって、給食はお子さんを持つ親としての関わりの方が深かったのだろうと思います。
先割れスプーンとか、犬喰いとか、そういった言葉を頻繁に耳にされていた時代があったことと思いますが、この小説を読んで、そういった問題は今も残りながら、今の方がもっと問題が込み入ってきているのだなということがよくわかりました。

弁当箱の中に蒸し芋が一個だけ…。
開けてがっかりしつつも、それはそれで食欲を多少は満たせる唯一のもの。ありがたくよろこんでいただいたことだろうと思います。
そういう経験も強烈な“食育”で、今も焼酎学生さんの心に残っているのだろうと思います。

No title

ボクあたりの年代が、給食を知らない最後の年代だったかな?
アルミの弁当箱の中身は、蒸し芋が1個だけごろんと入っていました。
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