面影橋

都電荒川線の終点、「早稲田」のひとつ手前、面影橋(おもかげばし)。
都電やクルマでは何回か通り過ぎたことがありましたが、降り立ったことはありませんでした。
しかし、なんともその情緒的な停留所の名前の響きに、一度は行ってみたいと思っていた場所でした。
仕事で近くまで行く用事があったので、脚を伸ばしてみることにしました。


いきなり情緒のない写真ですみませんが、これが現在の面影橋です。
神田川に架かる橋ですが、この辺りにはこんな橋が何本も架けられており、言ってしまえば面影橋もそんな橋のうちの一本に過ぎません。
新宿区西早稲田を走る新目白通りとの交差点を南端、豊島区高田を北端とする差し渡し20mほどの鉄製の橋が、現在の面影橋です。


橋の南側、新目白通りの歩道に橋の名の由来が書かれた案内板がありました。
~姿見の橋ともいわれていました。
橋名の由来には諸説あり、高名な歌人である在原業平が鏡のような水面に姿を映したためという説、鷹狩の鷹をこの辺りで見つけた将軍家光が名付けたという説、近くにいた和田靱負(ゆきえ)の娘であった於戸姫(おとひめ)が、数々の起こった悲劇を嘆き、水面に身を投げた時にうたった和歌から名付けられたという説などが知られています~

姿見の橋は別の橋だったという説もあり、どれも不確かななものばかり。
ボク個人としては、三番目の説が悲しくも命名にふさわしい伝説だと思うのですが…。
ネットで調べてみたところ、“姫が川面に顔を映した時、往事の美貌が面影もなくやつれ果てていた”とも書かれていました。


かつては雨が降ればすぐに氾濫していた神田川も、現在は上流に治水施設が整えられ、また護岸もコンクリートで固められ開渠のような状態になっています。
ときどき大雨が降った際には周辺道路が冠水してしまうような事態もあるそうですが、かつてほどの驚異の川ではないことは一目瞭然です。
今は両岸に遊歩道が整備され、散策に適した小径になっています。


橋の全景を見たいと思って、一本上流側の曙橋に行ってみたのですが、この通り、両岸の桜並木に覆い隠されてほとんどその姿を見ることはできませんでした。これは下流側の三島橋から眺めた時も同様です。
かつて歌川広重が「名所江戸百景・高田姿見のはし俤の橋砂利場」で描いたのは、きれいな弧を描いた橋でした。
今どき向けに整備された川や両岸に橋そのもの。命名の由来もあいまいな、かつての面影が全く不鮮明になってしまった、今日の「面影橋」でした。


AUTHOR: はげ納豆 DATE: 08/27/2007 23:35:36 神田川の面影橋あたりかその上流で沸き水が沸くところがあって、そこにはこんな感じで鮎が戻ってきてるんですよー

http://poco.cool.ne.jp/kanndagawa/ayu/ayupage.htm
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