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50

今日、生まれて初めて XX歳 になりました。
そんな書き出しで毎年11月27日の晩に記事をアップしてきていたここ数年でしたが、今年の11月27日はちょっと違っていました。
前日26日の晩は、結局徹夜の残業。
27日は、早々に二日ぶりの寝床に潜り込み、記事はアップできませんでした。

50そんな徹夜の晩に、生まれて初めて 50歳 になりました。


子曰、四十而不惑、五十而知天命、
(子曰く、四十にして惑わず、五十にして天命を知る)


論語で孔子はこのように語っておりますが、学問を志そうとしたわけでもない市井の民には、つい先日までの40代も迷いに迷いそして諦め、50代に至った今、「果たして自分には天から与えられた使命などあったのか?」とまたしても惑う毎日です。

五十の話を書こうとした時、なぜか一番最初に「五十鈴(いすず)」という言葉を思い出しました。
天照大御神(アマテラスオオミカミ)が天の岩戸にこもった時、天宇受売命(アメノウズメノミコト)が手に持って舞った鈴を、神代鈴や五十鈴というのだそうです。
玉のような形をした鈴三つを三角につなげたような形の 五十鈴。
三つの鈴はそれぞれ、いくむすび・たるむすび・たまめむすびと呼ばれ、三魂(みむすび)という調和の取れた精神の状態を表しているのだとか。ふぅ~ん…。

そんな話に感心していたら、伊勢参りに行っていたカミさんからの土産に 金の鈴 をもらいました。
不思議な縁を感じます。今年も悪くない一年になりそうです。

一般的に日本人の寿命は長くなっていて、これからの医学の進歩を考えれば40歳から50歳なんて、“さらに倍” 生きてしまうようなイメージですが、仕事上では60歳や65歳とされている定年までもうすぐという、なんだかもう先の見えた状態。
定年後を “余生” とか “第二の人生”、“セカンドライフ” などと呼ぶような考え方はボクには全くないので、定年を迎えた時にどうするかなどという人生設計や計画はなにもありません。
その時はその時で、きっと相変わらずあくせくばたばたとしているのだろうと思います。
50歳なんて、区切りでもなんでもなくて、ただ単なる通過点に過ぎません。途中です。

英語に「fifty-fifty」という単語があります。
“50対50” で、五分五分とか半々、等分とか半分といった意味を持っています。
今のボクには、“fifty-fifty” という言葉が一番しっくりくる感じです。
なにも決めていない未来に向けて、どっちつかずの途中。
なにかを決めるにもその時、その時の判断で、当たるも八卦当たらぬも八卦。
行き当たりばったりでいいのだろうと半分のボクは考え、もう半分のボクはこんなことでいいのかと危惧していますが、それがこれまでのボクであり、きっとこれからのボクでもあるのでしょう。

鈴は、手に持って振ると清々しい音が響きます。
心が洗われて、気持ちが落ち着きますね。
落ち着いた気持ちで50歳の一年間を過ごして行きたいと思います。

鈴


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