魚藍亭に 「よこすか海軍カレー」 を食べに行く

ご当地グルメというものは往々にして、その背景や地域の文化などの知識を得ないことには実際に食したとしても解釈できないもの。
この “よこすか海軍カレー” も、そんな一皿でした。

魚藍亭 “よこすか海軍カレー”

もともとは、イギリス海軍が航海中にシチューを供したいと思ったものの牛乳は保存が利かないので同じ具材で牛乳の代わりに香辛料を使用することでレシピが固まったという、イギリスのカレー。
そのレシピを明治時代の日本海軍が伝授され日本でも軍隊食になった海軍カレーを、明治末期に発行された公式のレシピ本に忠実に再現させたものが、ここ、魚藍亭 の “よこすか海軍カレー”。

今でこそ、多くの人たちが独自のアイデアを盛り込んで、バリエーション豊かな国民食となっていますが、その原点ともいえるべき味が、この “よこすか海軍カレー” なのだそうです。
甘口か辛口かそういう分け方すらもない、素朴で懐かしいカレーです。
添えられた福神漬けと、チャツネもほんの耳かきひとさじほどで、またなんとも柔らかい感じ。
辛くないのは、航海上で船員たちがこぞって水をたくさん飲まないようにするためのことだったのかもしれません。実にあっさりとしたやさしいカレーです。

魚藍亭は元は活き魚料理店で、そこに19年前からは一部をカレーのお店にして人気を博してきたのですが、建物の老朽化などによって、この8月27日で閉店になってしまうのだそうです。

魚藍亭 「よこすか海軍カレー館」

レシピ本からカレーを再現した女将が他界し、建物も老朽化してきたのでお店の歴史が閉じられるというのは致し方のないことなんもかもしれませんが、その間に “よこすか海軍カレー” は地元に根付き、今は市内40店舗ほどで楽しめるだけでなく、レトルトとして全国で手に入るほどにもなりました。

ボクが今回初めて食べた、魚藍亭の “よこすか海軍カレー”は、これは今日で食べ納め。
ですが、イギリス海軍から日本海軍に伝えられて生まれた “よこすか海軍カレー” は、もしこの魚藍亭が復活することはなかったとしても、また市内のどこかでしっかりと伝えられて今後も楽しめるのだろうと思います。
基礎がしっかりとしたご当地グルメというのは、そういうものだとボクは思っています。

朝食に たまごかけごはん をいただきに行く

先日、静かに話題のカフェまで朝食の たまごかけごはん をいただきに行ってきました。

ヨリドコロ

日曜日の朝。
7時の開店から程なくして、窓に向かったカウンター席も含めて全テーブルが埋まるという人気ぶり。
そんな中、目の前を江ノ電が走るトレインビューのカウンター席を確保できたのは幸運。
さっそくお目当の たまごかけごはん定食 を注文します。
住宅街の小さな昭和の木造事務所を改装したのでしょうか。
生活道路と線路にはさまれたこぢんまりとした雰囲気がむしろゆっくりくつろげそうな気分にさせてくれます。

ヨリドコロ

ヨリドコロ店内


程なくしてマスターがカウンター席の隣についたボクと同世代の三人組とボクの間辺りにやってきて、今朝の主役、たまご を配りながら「おいしい たまごかけごはん の作り方」を説明してくれました。
曰く、黄身と白身を分けて、白身だけをとことん泡立ててください、と。
「へぇ〜!」
「あ、こっちの醤油なのね」
なるほどなるほど…。

主役のたまごはコトブキ園の恵壽卵だそうです

たまごかけごはん定食

たまご は割ってみると黄身は色が濃くぷりっと張りがある様子。
殻を使って白身と分けたらさっそく白身を泡立てます。

静かな店内に流れる土岐麻子の歌声にかぶさる箸が器をつつく音。
みんなが無心で泡立てに没頭しているという不思議な時間。
一日三食の中で最も飾らず素朴なはずの朝食が、ここでは三食の中でも最も贅沢なのではないかと思わせる空気感がありました。

「あ〜、腕がしんどくなってきた〜」
「あなた、私のより泡が細かくて滑らか〜」
箸が器をつつく音だけしか聴こえてこない空間に、囁くような話し声と慎ましやかに抑えられた笑い声。
お隣の三人組が小さな声で交わす会話が楽しい。

白身を泡立てます。完成形までさらに倍の時間を…

目の前を電車が二本通り過ぎるくらいまで白身を泡立てます。
「あら、きれいにできたじゃないの」
お隣のご婦人からお褒めの言葉をいただいたところで、さあ、それでは ごはん にかけてみましょうか!
ごはん は五穀米を選択。
あとは味噌汁に浅漬けに味つけ海苔、それに追加で注文した梅干しだけの、実にシンプルな日本の典型的な朝食。
割り箸ではないお箸もうれしいですね。

メレンゲ状になった白身は、ごはん にかけるというよりも載せるといった感じ。
ごはん に浸み込むことはなく、ふわふわ白いトッピング。
箸で真ん中辺りに凹みを作ったら、そこに黄身を落とします。

五穀米にメレンゲ状の卵白を載せ、真ん中に卵黄を鎮座させます

みごとです!

黄身の周りに醤油を少しだけまわして、さあようやくいただきます。

黄身を崩す。至福の時を目の前にした絶頂感。

…なるほど!

溶いた たまご を ごはん にかけてよく混ぜていたこれまでのボクの たまごかけごはん とは全く異なるものでした。
その食べ方がダメというわけではありません。
同じ名前でも白身がメレンゲ状になったこの たまごかけごはん とは全く別のもの-。
ボクにはそう感じられました。
白身の食感が苦手なヒトでも、これならばいけるでしょう。
しかも、生食用にこだわって開発されたというこの 黄身 がまた濃厚で美味しい。


トレインビューの朝食

これは、掻き込む一杯ではなく、ひとくちずつゆっくり味わい楽しむべき一杯。
マスターの研究の成果には感服です。
ごちそうさまでした。幸せな一膳でした。

完食。ごちそうさまでした。


この空間でのくつろぎの時間と満足の朝食で、ワンコイン。
毎日きちんと摂らなければならない朝食だからこそのこの値段。
友人の某女史が宣言したダイエット決行に対して三食はきっちり守りましょうとコメントしてから、ならば自分自身はどうなのだと再確認してみたくなったのですが、一日を気持ち好くスタートさせるためには朝食はやはりきちんと摂らなければいけないなと改めて感じた次第です。

質素ながらこんなに充実した素敵な一膳。
たまにはこうした朝食でリフレッシュさせなければいけいないなということを知ることができた良い機会となりました。

ヨリドコロ

ヨリドコロの建物と江ノ電


初めての ぶり大根

ぶり大根


日曜日に分けてもらった 大根 と、スーパーで安売りをしていた 寒ぶり で、初めての ぶり大根。

え? なにが初めてか、ですって?
初めて作ってみたわけです、ぶり大根 を。

ぶり はまず湯通しするとか、クッキングペーパーを落とし蓋にするとか…。
初めての経験も多くありましたが、満足のいくできばえでした。
ごちそうさまでした。



「武蔵野うどん」を食べに行く

今日7月2日は 「うどんの日」 なのだそうです。
田植えや麦刈りが終わった労をねぎらうために、うどん を打って食べるという讃岐地方の風習にちなんで制定されたのだとか。
そんなわけで、今日は うどん を食べに行ってきました。

武蔵野うどん


関東ローム層によって水はけが良すぎて稲よりも小麦作りに向いていたという多摩地域から北側の “武蔵野” 地域。
この地には以前から “ハレの日”に うどん を食べるという習慣があったのだそうで、その うどん を称して “武蔵野うどん”。
コシの強い太めの うどん をざるに盛るなどして、温かいつけ汁にくぐらせて食べるのが “武蔵野うどん”。
それに “かて” と呼ぶ、茹でた野菜などを添えて食べるのが一般的なのだそうです。

…で、“かて” ってなんだ?
「食糧」や「兵糧攻め」などで使われる「糧」と書いて “かて” と読みます。
「食物全般」や「精神や生活のために必要なもの」という意味を持っていて、ふむふむなんてちょっと納得しかけたのですが、辞書をもう少し読み進めてみて、…あ、これか!? と。
「混ぜ合わせる」などといった意味を持つ「糅てる(かてる)」という動詞の連用形として「糅(かて)」という言葉があって、その意味が「主食の量を増やすために混ぜ加えて炊く物」とのこと。
そこから転じて、主食の うどん に添えて食事の総量を増やしたり、栄養を補ったりする副菜をこの地域で “かて” と呼んだのではないか? …そんな風に推察。

この写真では、左奥の天ぷらが “かて” のように見えますが、これ、実はけっこうなボリュームの「ミニかき揚げ丼」。(笑
その右隣のサラダも “かて” ではなく、本来の姿の “かて” は、つけ汁に入れられた青菜。
打ってから日持ちのしない うどん のこと、“ハレの日”に食べられていたというのはよくわかりますが、 “武蔵野うどん” の、なんと質素でつましいことか-

太くコシの強い、小麦を感じる “武蔵野うどん” を、東京・府中で、しばし堪能してきました。

ブロッコリー

ブロッコリー


ブロッコリー。
ボクは、丸ごと茹でたり、レンジでチンしたりして、ナイフとフォークでざくざく切りながら食べるのが好きだったりします。

地中海沿岸が原産で、ローマ帝国時代以降イタリアで親しまれて、やがて18世紀半ばにベルギーのアントワープからイギリスにも広められたといわれるブロッコリー。

身体の抗酸化力や解毒力を高めるスルフォラファンを含み、アメリカでは健康の象徴ともいわれているそうですが、そのアメリカにはイタリア系の移民によって持ち込まれて、1920年代以降に広く知られるようになったのだそうです。
ブロッコリーという名前は、そのイタリア系の移民の名前。
つまり、ブロッコリーさんが持ってきて広めた野菜。

その “ブロッコリーさん” の甥っ子が、イギリスに渡って、今度は映画のプロデューサーとして成功を収めたというお話はご存じでしょうか?
映画 『007』 シリーズ。第16作 『007 消されたライセンス』 までの全ての作品を制作したプロデューサーが、アルバート・R・ブロッコリ(Albert R. Broccoli)氏。

スクリーン上に 「Albert R. Broccoli」 の名前が映し出されるたびに、映画に関係なく、頭のどこかにあの柔らかい野菜の食感を思い浮かべてしまったものでした。

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