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「…がりの女」

朝の通勤電車も、都心に真っすぐ向かう路線でなければ吊革を持ちながら少しは余裕をもって新聞を読むことだってできる。
隣の吊革のおじさんは、器用に縦長に折りこんだ新聞を読んでいる。
厚手のジャンパーにノーネクタイのおじさんは、朝から官能文学。
隣の私は、それじゃあ覗き込み様もないと、裏に来ているページに何気なく目をやる。

電車の中で隣合わせになった人の読んでいるものというのは、なんだか気になるもので、ついつい目が行ってしまう。
乗り出してしまいそうになるほど見てしまうのは、やはり雑誌で、特に情報誌。
新しいお店、新しいクルマ、新しい情報機器。
写真を眺めてからその写真に添えられたコラムやキャプションを読んでしまうのだけれど、時々せっかくいいところまで読んだのにページをめくられてしまうことがある。
そんな時は、思わず「あ、まだ読んでない!」と言いそうになる。
コラムのオチが気になったり、中途半端に写真だけ見てしまって 「え!? 今の何、今の何?」 と後を引いてしまったりすると、もうこれはちょっと中毒症状にでもなったような感じである。

さて、一番最初に出てきた隣の吊革で官能小説を読むおじさんの新聞。
私の見た裏面にさせられているページは、どうやらテレクラの3行広告で埋められたページのようだった。
そして私の目にふととまってしまった一文。
それは、改行した後の2行目から唐突にはじまるひとことだった。
「がりの女/…」
もちろんこの「…」には金銭や時間的な情報などが続いているのだが、この最初の太字で書かれた「がりの女」という部分がとにかく私の頭の中に充満してしまったのである。

「…がりの女」?
縦折りにされて向こう側を向いているはずの、この「…」部分には一体どういう言葉があるのだろう。
ふとそう思ったら、いっぺんに頭の中がいっぱいになってしまった。
「“寂し”がりの女」、「“悲し”がりの女」。両方とも本当は「の女」ではなくて、「な女」でなければ、文法的にはいけないはずである。
でもテレクラで誰かを求めているならば、寂しがりの女でも悲しがりの女でも雰囲気はわかる。
「“なに”がりの女」なんだろう。皆さんはどう考えますか?

この甘ったれた世の中で結構いけそうなのは、「“強”がりの女」。
弱さをちょっと見せることで母性本能をくすぐるタイプなのかも知れない。
「“くやし”がりの女」はS系。「もぉ、くやしいったらありゃしない!」とがんばる人。
一方で、「“痛”がりの女」はM系。
「“した”がりの女」とか「“やりた”がりの女」なんていうのも考えられる。
「“甘えた”がりの女」なんて、けっこう、めろめろになる男、多そう。
…まさか、「“がり”の女」はそのまんまで、実は鮨好き?
冗談はさておき、このくらいまで考え込んでしまうと、もう答えを知りたくてしかたがなくなる。
いったい「“なに”がりの女」なんだぁ!?
痩せ細った「“がりがり”の女」まで考えた時だった。
おじさんがページをくるりとめくって、その一瞬に、わずかに右側に隠れた一行を読むことができた。
…『昼下がりの女』。

なるほど、いい雰囲気かもしれない。
携帯電話でのメールや情報収集で時間の有効利用を計るのもいいけれど、こんな風に頭を使うこともまだまだ電車の中にはあるものなんだ。
そう思った朝のひとときだった。
まあ、携帯電話もマナーを守らなくてはいけないけれど、他人の覗き見もマナーとしてはあまりいいこととはいえないから、気をつけましょう。

-*-*-*-

ブログという仕組みができる前の2001年1月27日、つまり14年前の今日、ボクが知り合いの方々に向けて送ったメールマガジンみたいなものに書いた文章です。
これまで、過去の記事を再掲したことはなかったのですが、試しに載せてみました。
たまにはこういう企画もいいと思っています。
ご意見をコメントにいただければと思います。

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身近で遠くの なりすまし食材 vs なりすまし食通 

東京下町の酒場で夕食。
串揚げや牛もつ煮込みなどいかにも酒のあてという肴を選ぶ中で、メニューに「赤マンボウのお刺身」という見慣れない一品を発見。...


9月の末に一般的にはカジキマグロとして提供されるという「赤マンボウ」の話を書きました。
あれから1ヶ月ほど、昨今は食材偽装が連日発覚して、テレビのニュースでは一日一回はカメラに向かって頭を下げる企業の代表たちの姿を見ています。
「芝海老と言っていましたが、バナメイエビでした」
「鮮魚と言っていましたが、冷凍物も使っていました」
「国産うなぎだと言っていましたが、一部違うのも混じっていました」
「フレッシュジュースと言っていましたが、既製品でした」
「自家製ケーキと言っていましたが、外注品でした」…などなど。

一般企業が利益を追求するあまり誤魔化しきれそうだったら嘘までついてしまうというのは、確かに行き過ぎですが、その思考回路は意外と単純で、心情的にわからないでもありません。
ただ、道徳や倫理観で抑えることができなかった企業としての幼さ、脆弱さは見過ごせませんし、許されるものではありません。
ほんの些細な慢心が、永年かけて築いてきたブランドをいとも簡単に失墜させてしまいます。
そのブランドに再び価値や信頼を取り戻すことは、とても一朝一夕で成せるものではありません。
改めてそんなことを学ばされる事態ですが、ボクはそんな偽装に明け暮れていた企業だけが責められるべき事柄なのかとも思ったりしています。

~有名な○○ホテルのレストランで☓☓牛のステーキを食べた。
高かったけど、美味しかった。
でも、最近になって○○ホテルは、「☓☓牛ではなく普通の国産牛です」と公表した。~


こういう経験をした人にとって、本当に○○ホテルを責めることはできるのでしょうか?
ホテルは嘘をついていたけれど、食べた人は“☓☓牛だと思って”美味しく食べたわけですよね?
“☓☓牛ではない”とは気づかなかったわけですよね?
食材偽装に目くじら立てることも必要ですが、その前に自らのモノサシについてもちょっとだけ考えてみたほうがいいのかもしれません。

ボクは財力がないこともあって、食材に限らず自ずと財布と相談の上で気に入ったものを選ぶような購買特性の生活になっています。
ですから、ブランドで品物を選ぶということはほとんどありません。
妥協も含めて納得づくで商品を購入しているので大抵のモノには満足していますし、食材に関していうならば、おかげさまでカミさんの作ってくれる料理も必ずおいしくいただいています。
目利きはできませんが、“有名だから”という有名無実の付加価値などない、つましいながらも実質的な豊かさに満たされた生活が送れているといえます。
そんなせいもあってか、ここのところの食材偽装騒動が、ボクにはなぜかちょっと遠い世界で起きているできごとのように感じられるのです。

「若い頃は“腹”で喰って、その後“舌”で喰うようになり、最後は“頭”で喰うようになる」
このブログで何度となく紹介したことがありますが、これはボクの祖父が生前に語ったひとこと。
若い頃は食欲に任せてお腹いっぱい食べて、ある程度の年齢になったら旨いものを求めてグルメになって、中高年になってきたら塩分や糖分を控えて健康に良いものを適量食べましょうなどと頭をつかうようになる、という喩え。
最近は、「“舌”でなく“頭”で喰って、“腹”や“胃”ではなく“心”を満たしたい」ものだと思っています。

乳脂肪(動物性脂肪)であるはずの生クリームと表示して実は植物性脂肪のホイップクリームを使用していたというコーヒー店が「品質の差はない」と開き直ったという話を聞いて、ふと、1951年(昭和26年)にコーヒー焙煎加工販売業として大阪で創業した、福田珈琲株式会社の創業者の話を思い出しました。
製品を愛し、美味しいコーヒーを広めたいと純粋に願った人の一文です。

福田珈琲株式会社 「創業者の言葉…」


“はけ” の街の「ジャンゴ」 〔後編〕

…そして、今度はオイラに玄少子さんから「小金井街道のジャンゴを探してこい」と言いつけられノコノコと出かけたのである。南口から小金井街道をテクテク5分歩いた前原坂上交差点。オープンには早過ぎた時間か?…10時半・11時半・12時半 待つこと3時間、未だ開く気配なし。無念帰宅也。業務連絡 I.Zさんへ。 単騎先駆けしましたが不満未練が残りました。2便レポート頼みます。 チト、ご足労でも散歩がてらに出かけて行っても...
“はけ” の街の「ジャンゴ」 〔前編〕


JR 武蔵小金井 駅 小金井街道 前原坂上交差点


JR「武蔵国分寺」駅から小金井街道を南へ徒歩5分ほど。
かつて「六道の辻」(今で言う “六叉路” )と呼ばれていたという「前原坂上」交差点を渡ったところに、そのお店がありました。

『古本 ジャンゴ』

古本 ジャンゴ


午後1時を少しすぎた頃、店頭から中をのぞくと、今まさに開店しましょうというところでした。
基本的には古本屋さんですから、開店時刻ちょうどにキッチリ開けておく必要もないでしょう。
「どうぞどうぞ、いらっしゃいませ」

こざっぱりとした内装ながらも、いかにも古本屋といった感じの店内。
神保町にでもありそうな雰囲気のお店ですが、品揃えは下北沢にでもありそうなイメージです。
コミックに文庫本、雑誌にサブカルチャーなジャンルの書籍。そしてジャズを中心としたCDに、ピンクもありのDVD…。
音楽や映画がモチーフのアクセサリーや雑貨、食玩までもがきれいに並べられています。
『古本 ジャンゴ』は、なかなか素敵なお店です。
客がボクひとりだけとはいえ、やはり店内を撮影するのは控えさせていただきました。(笑

50代半ばとおぼしきマスターに訊けば、開店してから15年ほど。
マスター自ら、いろいろなものを扱っていますとおっしゃるとおりの品揃えですが、なぜか雑多なイメージはありません。
好きなものを揃えていったらこうなったというような、ちょっとした統一感さえ覚えます。

ブロ友にレポートを求められたので来ましたというのではあまりに無粋なので、以前から誰かに訊いてみたかったテーマをストレートに投げかけてみました。
「ジャズを聴いてみたいのですが、なにから聴けばいいのでしょう?」
ヴォーカルのないものの方が好いと言うと、「オムニバスやコンピレーションアルバムでいろいろな人の曲を聴いて好きな曲やアーティストを選んでみるのがいいでしょう」とのこと。
なにかお薦めのアルバムはと聴いたところ、この一枚を紹介してくださいました。
ハービー・ハンコックにチック・コリア、ソニー・ロリンズにスタン・ゲッツ、ウエイン・ショーターなど、ボクでも名前の聞いたことがあるアーティストの曲ばかりが16曲収録されています。
なるほど…。
そんな中にジョー・パスというアーティストの演奏する「ジャンゴ」という一曲を見つけました。
「あ、このお店の名前と同じタイトル!」

ジョー・パスの「Django/ジャンゴ」は、ジャズ・ギタリストの草分け、ジャンゴ・ラインハルトに捧げた曲だそうです。
ベルギー生まれのジャンゴ・ラインハルトは、ヨーロッパ初の偉大なジャズ・ミュージシャンとも言われており、ジプシー・スウィングの創始者でもあります。
ロマ音楽とスウィング・ジャズを融合して新しいジャンルのジャズを確立したジャンゴ・ラインハルト。…なんだか、興味が湧いてきました。

マスターははっきりとはおっしゃいませんでしたが、この、『古本 ジャンゴ』 の店名はどうやらジャンゴ・ラインハルトからつけられた様子。
この場でなにか化学変化が生じて新しい文化が発信されればいいと考えられたのかもしれません。
なるほど…。

あれから毎日、薦められるままに買ったCDはさておいて、YouTubeでジャンゴ・ラインハルトを聴いています。
マスターの言うとおりにして、どうやらボクもジャズを聴く第一歩を踏み出してしまったようです。
またお店にうかがいますので、お話を聞かせてください。

RELAXING JAZZ / WHAT'S JAZZ


かくして、7月1日に遊助御大の記事のコメント欄でから飛び出した「小金井街道のジャンゴ」探訪の旅代行、めでたく任を果たしたのでありました。
玄少子さん、いかがでしたでしょう?


【企画に参加】 「七夕の夕空」を撮る

七夕の今夜は、いつも素敵な写真を公開してくださる 「赤影参上!」 の敷島さんご発案の、
「七夕の夕空」を撮ろうという企画に参加です。
今日7月7日の、日の入り一時間前から日の入り30分後までの間の夕空を撮って、それぞれのブログにアップしようという企画です。

ボクの住む横浜市北部は、今日7月7日の日の入り時刻が、まさに午後7時ちょうど。
ぶらぶらで歩いていた たまぷらーざ で、午後7時を迎えることにしました。
東急田園都市線 たまプラーザ駅の真上のショッピングセンター「たまプラーザ テラス」。

横浜市青葉区 たまプラーザ 午後6時40分の空

日の入り20分前の、午後6時40分。
東の空を見ると、落日に照らされる雲が。

横浜市青葉区 たまプラーザ 午後7時ちょうどの空

そして午後7時ちょうどの北西の空。
西から雲が張りだしてきているようですが、たまプラーザの空は青空。

横浜市青葉区 たまプラーザ 午後7時ちょうどの空

よく見ると、真一文字に飛行機雲が輝いていました。

昨日梅雨が明けて、今日も一日高い気温と湿度が続いた横浜市北部。
陽が隠れて、ようやく微風が気持ちよく感じられるようになってきました。


三軒茶屋に 日の入り を見に行く

今日は月の初めに休日出勤した日の代休。日の出が見たくて、始発電車で海岸まで行ってきました。午前6時。氷点下ではないようですが、考えていた以上に寒かった…。



早朝、片瀬海岸まで日の出を見に行ったのは、“ダイヤモンド富士” かも知れないというこの日の日没を三軒茶屋から眺めてみようという予定があったため。
遊助御大焼酎学生さんとボクの3人で、三軒茶屋駅上に建つキャロットタワーでのオフ会。

1月31日の日の入り

日没まであと15分ほどという午後5時少し前。
西の方角はまぶしいばかりで、富士山どころかその手前にある丹沢山なども確認できません。
写真に撮ってみると見えるかな? …そんな感じでシャッターを切った試し撮り。
う~ん、見えているようないないような…。

1月31日の日の入り

“ダイヤモンド富士” というわけではありませんでしたが、紅・緋色・鳶色・赤・朱・橙といった同系色の錦繍の中に、最も美しい角度の裾を引く富士山が、頭ひとつ分、抜き出ていました。

1月31日の日の入り

強い光が姿を隠すと、それまで淡かった色が濃くなります。

1月31日の日の入り

かくして、今日も関東平野に夜がやってきました。
まだもうしばらく明るいんですけどね。

太陽は毎日東から昇って西に沈む。
父がむかしボクに話してくれたこと-
父がまだ幼い子どもだった頃、父の祖母に連れられて、街はずれを流れる大きな川の対岸に沈む夕日を見た時のこと。
「あの丘の向こうに、使い古した太陽がいっぱい捨ててあるんだってさ」
父の祖母は父にこう話して聴かせたのだそうです。
-コペルニクスが地動説を唱えた16世紀から何100年が経っているというのに、なんとも夢のある素敵な話。

天動説だった時代には、なぜ誰も西に沈んだ太陽のその後について考えなかったのでしょうね。
太陽も月もその他の星たちも、なぜみんな東から上がって西に沈むの?
たまには西から太陽が昇ってもいいし、なんだったら西に沈んだ翌日には西から上がるという、2日間を1サイクルとした往復のシャトルになっていてもいいはず…。

日没を見ると、父の話してくれたこの話をボクもなぜか思い出してしまうのです。
天気が良くて、雲ひとつない日没ならばなおさら…。

三軒茶屋から望む東京都心方面

このあと、場所を同じフロアの東側にあるレストランに移動して、東京タワーと東京スカイツリーが同時に見える環境の中、なんだかいろいろな話題に、大いに盛り上がった楽しいオフ会となりました。

三軒茶屋から望む東京都心方面の夜景




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Author:I.Z.
I.Z.と書いてイーズィーと読みます。
こまめというわけにはいきませんが、ちょっとしたことを書き記してみます。

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