映画 『Don't Blink ロバート・フランクの写した時代』

《映画紹介》
写真界の巨匠ロバート・フランク。
1958年の写真集「The Americans」は表層で栄光と繁栄に沸く大国の真の表情を捉え、”その後のアメリカの在り方、見方に圧倒的な影響を与えた一冊”と称される。また、米インディペンデント映画の祖として、ジム・ジャームッシュ監督らからも尊敬を集めている映画監督でもある。本作は、大のインタビュー嫌いで知られるフランクが、その人生を初めて語ったドキュメンタリー。いま激しく価値観が揺れる米国の中で、その人生は私たちに何を示唆するだろう?



『Don't Blink ロバート・フランクの写した時代』


スイスからアメリカに渡り全米を移動しながら庶民の何気ない一瞬をカメラで捕らえた写真家、ロバート・フランクのドキュメンタリー。

日本での映画公開を前に配給会社がロバート・フランクに日本人に向けたメッセージを求めたところ、彼は、写真家であること、年をとって死ぬまで写真家であり続けること、写真家として死んでいくことは可能かということについてちゃんと理解してほしいと語りました。
自分のなすことがなんであれ、それを大切に続けてほしいというメッセージは、どんな状況にあっても自らのスタイルを変えずに信じるやり方を貫いているロバート・フランクならではのもの。

アメリカの市井の人々を写した作品は当初評価されず、また評価され始めてから活動の場を写真から映画に変えていったことに世間からは写真を辞めたのかと問われるようになります。
しかしそれは、商売としての成功を求めて活躍の場を変えていったわけではなく、表現の可能性を求めて手段を変えていったこと。
実験的な挑戦は往々にして多くの人々、特にマスコミには理解されないものです。
インタビュー嫌いが故にこれまで多くを語るシーンは記録されていなかったということになっていますが、それはインタビューをする側に問題があったのだということがわかってきます。

この作品では、なるべく意識させないようにカメラをまわして監督や彼を取り巻く人々が自由に喋りかけることで、彼が気軽に言葉を発せられる環境を創り出し、自然な姿を垣間見ることに成功しています。
彼が発する言葉は多彩で、そのひとつひとつが実に示唆に富んでいます。
信じる道、自分のあるべき姿を追い求める男の発する簡潔なひとことは、直感的ながらブレがなく、すっと心に落ちてきます。
意外な展開も涙が出てくるような結末もあるわけではありませんが、骨太に道を進むひとりの男の情熱が伝わってくる温かい作品でした。



映画 『この世界の片隅に』

《ものがたり》
18歳のすずさんに、突然縁談がもちあがる。
良いも悪いも決められないまま話は進み、1944(昭和19)年2月、すずさんは呉へとお嫁にやって来る。呉はそのころ日本海軍の一大拠点で、軍港の街として栄え、世界最大の戦艦と謳われた「大和」も呉を母港としていた。
見知らぬ土地で、海軍勤務の文官・北條周作の妻となったすずさんの日々が始まった。



この世界の片隅に


誰かが差し出した掌のように、丸くて温かく、柔らかくふんわりと始まる作品。
スクリーンにエンドロールが映し出された時、シートに背中を押しつけて身を固くして、ちょっと震えてさえいることに気づきました。
力強い作品でした。
こんなに強く突かれているのに、そこに感じる “この世界の片隅” というタイトルの言葉。

カミさんから「あの映画観た?」と訊かれた意味がよくわかりました。



映画 『算法少女』

《ものがたり》
安永四年(1775年)、四月八日の花祭り。江戸浅草観音堂は、溢れんばかりの参詣者で賑わっていた。
神田銀町の町娘、千葉あき(13歳)も、仲の良い友だちとお参りにやってきたが、ふと目にした「算額」に誤りをみつけた。
「算額」とは算法を学ぶ者が、自分もこれほど難しい問題をつくれるようになりましたと、神仏に感謝し奉納する絵馬の一種である。
あきに誤りを指摘されたのは、算法の主流である関流一門の旗本だった。
やがてその話が、算法好きで有名な久留米藩主の有馬公の耳に届き、是非あきを姫君の算法指南役に、と言い出した。
しかし、町娘ごときにそうはさせじと、関流からも中根宇多(13)という算法少女が推挙され、あきと宇多、どちらがより算法に秀でているか、有馬公の面前で、算法試合が行われることとなった──。



算法少女


スタジオジブリばかりがアニメではない-
できる限りの情熱を込めて創り出された素敵なアニメ作品を見てきました。
お友だちの俳優、黒田浩史氏から自身のキャリア初となる声優を務めた作品と紹介されたので、楽しみにしていたのですが、これがなんと予想を遥かに超えてみごとな作品だったので、感激してしまいました。
7年前に作品づくりが始まり、黒田さんが声の収録をしたのももはや3年前とのこと。
その後、相当な苦労があったのでしょう。
ようやく公開にこぎつけた作品ですが、それでも今回の上映は12月24日から28日までのたった五日間だけ。
願わくば、“プレミア上映” と銘打たれた今回の公開がどうか先行上映であって、近日中に全国ロードショーへの手筈と相成ってくれますように。

モディリアーニの作品にヒントを得たというキャラクターには瞳は描かないイラストながら、素朴で独特な風合いを持ったタッチがまた好い。
1970年代に発表されて好評を得ていまだに根強いファンもいるという原作は、江戸時代の実在の人物に基づくファンタジー。日本にまだ西洋式の数学がまだ本格的には広まっていないころに、実用というよりは頭を使う娯楽のように扱われていた 和算 を学ぶ少女の物語です。
封建的な男社会にあって今の世でも相変わらず格差があり居心地の良くない女性が、固定観念やこれまでの常識に少しだけ風穴を空けて、意味のない因習や悪しき慣習を少なからず改善させる。
今どきの展開なのかもしれませんが、そんな作品を見て何かちょっと勇気をもらったような気になりました。

鑑賞できる機会はなかなかないのかもしれませんが、国内だけでなく海外にも紹介の予定があるとのこと。
海外で評価を得て、凱旋帰国で大ブレイクなんていうのでも好いと思います。
とにかく、広くたくさんのヒトたちが見るべき作品なのではないかと、ボクは思っているのですが…。




映画 『シン・ゴジラ』

スターウォーズの大ファンであるボクのかかりつけの歯科の先生から、ツッコミどころが満載だから見た方が良いと薦められて、『シン・ゴジラ』を見てきました。

久しぶりに、本当に久しぶりに、ボクにとっては良い点がひとつも見いだせなかった作品。
強いて挙げるならば、はやりのお笑い芸人やアイドル、歌手などは一切出演しておらず、出演者の全員が俳優であったこと、…くらいでしょうか。

ゴジラが東京で暴れているというのに杓子定規で自らの保身にしか働かない閣僚や官僚たち。
そしてゴジラの出現は一種の自然災害であるにもかかわらず自国に影響が及ばないように国際協調して日本を敵国と想定する先進国の諸国。
そういったことは皮肉たっぷりに描けているのですが、過去のゴジラをイメージさせる演出などがボクにはどうしても受け入れられなくて…。
他にもゴジラのような生物が現れる可能性はないのか? なぜ東京都心を目指すのか?
なぜ半減期がたった数日などというお気楽な設定なのか?

久しぶりに、ボクには製作意図のわからない作品でした。
え!? ゴジラの立ち居振る舞いは、野村萬斎の演技だったの? へぇ…。

映画 『シン・ゴジラ』


映画 『君の名は。』

《ものがたり》
千年ぶりとなる彗星の来訪を一か月後に控えた日本。
山深い田舎町に暮らす女子高校生・三葉は憂鬱な毎日を過ごしていた。
町長である父の選挙運動に、家系の神社の古き風習。
小さく狭い町で、周囲の目が余計に気になる年頃だけに、都会への憧れを強くするばかり。

そんなある日、自分が男の子になる夢を見る。
見覚えのない部屋、見知らぬ友人、目の前に広がるのは東京の街並み。
念願だった都会での生活を思いっきり満喫する三葉。

一方、東京で暮らす男子高校生、瀧(たき)も、奇妙な夢を見た。
行ったこともない山奥の町で、自分が女子高校生になっているのだ。

繰り返される不思議な夢。そして、明らかに抜け落ちている、記憶と時間。
二人は気付く。



映画 『君の名は。』


前作 『言の葉の庭』 で、光と影、特に水の描写に魅了されてしまったボクとしては、やはりどうしても見たいと思っていた作品でした。
そして今、見終わった感想は、やはり “絵が素晴らしい” ということ。
期待を裏切らず、もうホント、この絵を見られただけで十分と言えるものでした。

戦後、平和国家になり経済成長と核家族化の進行に伴って、生と死の存在が生活の中から疎遠になりつつあったのだろうと思いますが、そんな中で発生した阪神淡路と東日本の大震災は、今の全ての日本人の心に悲惨な過去として影を落とし、ここ数年で新たな死生観みたいなものを植え付けたのだとボクは思っています。

そんな共通の感覚を呼び起こさせつつ、スマホという今どきのつながりや連絡は取り合えなくても強く想い合うつながりなどを織り交ぜて、綴られる物語がどこかせつなく感じられます。

え? なに?
ところどころで沸いた疑問が解決されないまま話が進み展開が読みづらくなるところがありますが、それでも引き込まれたまま離れずについていけるのは、既視感のある風景という背景の絵の美しさがあるからなのでしょう。
絵がつないで、物語は小気味好く進んでいきます。
作中、襖や電車の扉など、敷居やドアレール上から開かれたり閉じられたりする扉を見つめるカットが何回か出てきますが、そういう視点も目新しいものでした。
せつない気持ちに包まれながらも、とにかく絵のきれいさに感心して、また見たいと強く思った作品でした。



映画を見た人たちが、 “聖地巡礼” と称して舞台のモデルとなった実際のロケ地を訪れるのが、ひとつのブームになっているのだそうです。
そういう楽しみ方、共感の仕方もあるのですね。
試しに、ボクも都内のスポット一か所にだけ行ってみました。

「君の名は。」聖地巡礼

「君の名は。」聖地巡礼

作品を見た人には「ああ、あのシーンね」とすぐわかる場所です。


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こまめというわけにはいきませんが、ちょっとしたことを書き記してみます。

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