映画 『グォさんの仮装大賞』
《ものがたり》
妻を亡くしたグォさんは、友人であるチョウさんの勧めで残りの人生を老人ホームで過ごすことに。
ホームの仲間は皆、本当は家族と一緒に暮らしたいという思いを隠して、日々押し寄せる不安とともに静かに暮らしていた。
家族にも見放されたうえに、代わり映えのしないホームでの日々を目の当たりにしたグォさんは、みるみるうちに生きる気力を失っていく。
そんな中、チョウさんが人気テレビ番組「仮装大賞」への出場をグォさんたちに提案すると、初めての挑戦にホームの老人たちは活気づく。しかし、彼らの身を案じるホームの職員や家族からは反対されてしまう。グォさんたちは一計を案じ、おんぼろバスに乗って老人ホームを抜け出す。
憧れの仮装大賞に向かって期待に胸を躍らせる一行。
道中の様々なハプニングを乗り越え、愉快な時間はこのままずっと続くかのように思えた。しかし、チョウさんには誰にも言えない隠し事があったのだった。
秘かに月に一度は映画館で映画を見ようと決めていた今年。
最後の一本は、映画館ではなく都内にある文化施設のホールで開催された試写会で見た、来年公開のこの作品です。
民主化はともあれ資本主義社会化は急速に進んでいる中国。
中国でも高齢化社会は、日本や欧米と同じく問題のようです。
人はだれも自分自身の抱える問題に対応することに精一杯で、自分の親については高齢者施設に預けることで一応の措置を施したと自らを納得させているのでしょう。
でもそれはある意味で他人任せにすることで問題を放置するということなのでしょう。
そんな、施設に預けられた親も、これもまたひとりの人間。
それは自らの問題。他人任せにすることなどできません。
行動力や記憶力なども衰えてきたことを実感するも、為す術がないこともわかりきっている-
ただ淡々といつかそれが終わる時を待つ日々…。
オープニングで美しいピアノソロが流れる中、施設内の様子が静かに映しだされている間は、それはボクにとっても他人ごとの風景でした。
しかし物語が進むに連れて、否応なく迫り来る老いに向き合いわずかながらも抗おうとする人たちの姿を見た時、これは決して映画の中だけの問題でなく自分自身にも降りかかってくる事態なのだと感じさせられました。
背景にはこうした深刻な問題を持ちながらも、物語は年寄りたちによるコメディ。
知恵を絞った脱走作戦に、おんぼろバスで街に向かうロードムービーの要素や、もちろん友情や温かな男女のエピソードもちょっと加えて、笑いの中に涙ありの2時間弱でした。
グォさんたちの年齢にはまだ少し時間のあるボクたちは、むしろ彼らを施設に預ける敵側の世代。
そんな世代に対して諫めるように、20代後半と思われる施設の女性院長が30代後半から40代と思われるひとりの入所者の子供に対してこんなふうに語るセリフがありました。
- こういう計算をしてみたことはある?
今の自分が故郷に帰れるのは、一年のうちでおおむね6日間
その間に、親といっしょにいるのは1日から3日で、
いっしょにいても一日にせいぜい2、3時間
今60代の両親は、あと20年は生きると思う
でも、そんな親といっしょにいられるのは、
もうあと10日間くらいしかないのよ -
はっとさせられたセリフでした。
やがて自分にも降り掛かってくる問題という以前に、あとで後悔しないために今自分がすべきことは何なのか-
クリスマスイブの晩の試写会。
キリスト教徒でもないボクたちにとって聖夜には本来何をすべきかということもわからないのですが、今年はちょっと考えるテーマをもらったような気がしました。
年末最後の映画は、そんな素晴らしい作品でした。
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